ハノイ便りの時間
04/12/2011 11:00
今日のこの時間は陶器生産村バッチャンについてご紹介します。

ハノイ便りの時間がやってまいりました 音楽 フ:お元気ですか?皆さん、フンです。 ホ:今日は、ホです。フンさん、今日のこの時間は、陶器生産村バッチャンについてご紹介しましょうか? フ:ハイ。そうしましょう。バッチャンが、最初にベトナムの歴史に顔を出したのは1352年です。バッチャン村の脇を流れるホン川デルタでおきた 氾濫 ( はんらん ) の頃です。 15世紀に入ると、バッチャンは“Bat Trang”の名で、陶器の村として記録に残されています。バッチャンは 貢 ( みつ ) ぎ 物 ( もの ) のとしてお 碗 ( わん ) を作る村として知られてきました。 ホ:そうですね。バッチャンが繁栄したのは1428年から1527年までのリー朝と1527年から1592年までのマック朝の時代でした。マック朝の下で実施された、商業抑制政策の 廃止 ( はいし ) が、ベトナムに商業の活発化をもたらした頃でしたね。 フ:当時のバッチャンは、大衆向けの陶器から、貴族階級の高級品まで広い商品を供給していました。 既に芸術面でのパトロンが一般化していた当時、王妃などのパトロンの名前と作品を作った陶工の名前が刻まれた陶磁器が数多く確認されています。女性の名が刻まれたものもあり、女性の陶工が既に存在していたこともわかっています。 ホ:そうですね。この時代は海上交易がさかんになった時代でもありましたが、15世紀から17世紀のバッチャンと港湾都市ハイフォンは、ベトナム貿易陶磁の北部における生産拠点でありました。二大商業地であり海外への 玄関口 ( げんかんぐち ) でもある Thang Long と Pho Hien 、二つの町の間を流れるホン河沿いに位置していたバッチャンは、地理的な面で恵まれていたわけです。 フ;こうして繁栄を極めたバッチャンとベトナム陶器でしたが、17世紀にはいると、その繁栄に 陰 ( かげ ) りが見え始めますね。1684年に中国の清朝が台湾を奪い、 渡航禁止条例 ( とこうきんしじょうれい ) が撤廃したのをうけて、良質の中国産陶器が海外に大量に流がれだし始めました。 ホ: 完成度 ( かんせいど ) の高い中国陶磁器に、ベトナム陶磁器は 太刀 ( たち ) 打ちできませんでしたね。さらに、そこへ日本の鎖国政策の影響をうけます。もともと日本国内の産物を保護する為の政策でしたが、やがて、それまで東南アジアからの輸入に 頼 ( たよ ) っていた 絹 ( きぬ ) ・ 砂糖 ( さとう ) ・陶磁器などの国内での生産力が高まるかたちとなり、それらの物を輸入する必要性が薄れますね。 フ:ヨーロッパでは工業革命により、新たな消耗品の需要が高まっていました。その頃、ベトナムのグエン朝は、貿易の抑制政策をとっていました。そんな歴史の流れが、ベトナム貿易を衰退へと追い込んで行くんですね。 ホ:ベトナム国内で、 窯 ( かま ) が1つ、また1つと姿を消してゆくじだいですね。でも、バッチャンは、歴史の流れの影響をうけつつも、大きな国内需要に支えられて存続してきました。そして、ベトナム陶器の生産拠点として現代まで続いています。 ではここで、ティタイムにして、歌をお聞きいただきましょう。 音楽 フ:話を続けましょうか。ホさん、バッチャンには、陶器の取り引きにし商人達が多く集まっていました。陶器生産販売のおかげで、村の経済はうるおい、村の子供の教育にお金をかけています。バッチャンは代々数多くの学者や政府役人を 輩出 ( はいしゅつ ) していますね。 ホ:そうですね。バッチャンにおいては、他国の 古窯 ( ふるかま ) において見受けられる陶製作の創始者に対する 崇拝 ( すうはい ) や儀式などはありません。でも、自分達の守ってきた技術に対する誇りと伝統の維持に対する熱意は強いですね。特に 釉 ( うわぐすり ) がけに関する技術は未だ秘伝だそうです。 フ:かつて、バッチャン村出身の女性は、他の村の男子との結婚が認められていませんでした。時代とともにこの風習は 消 ( き ) えて行きました。 ホ:バッチャン村は伝統的な職業村ですが、バッチャン村は、伝統文化の保存にも力をいれて、本当に素晴らしいですよね。現在、バットチャン村は製品が国内外の消費者に愛用されていますが、製品の質を向上させる為に新たな技術を導入しました。 フ:そうですね。現在バッチャン村は陶器生産にシャトル 窯 ( かま ) を使用していますが。そうすると、そのため、燃費を30%から40%減少することになります。焼く時間も節約でき、生産コストを下げ、陶器の品質が良くなったそうですから。省エネと環境汚染に貢献していますね。 ホ:それはいいことですね。陶器生産で省エネを活用したグェン・バン・ホップさんは、次のように語りました。「テープ」 「かつて、石炭で陶器生産を行ない、環境汚染になりました。又、製品の質も低かったです。でも、シャトル窯を使用したとき、家庭や生産どころの空気が良くなり、製品の質も改善されました。その上、利潤も前より高くなっています。」 ホ:又、この省エネルギーについて、バットチャン陶器生産株式会社のレ・ドク・チォン副社長は次のように語りました 「テープ」 「2000年代に入り、シャトル窯を活用し始めました。加熱室を高め、燃費を30%から40%削減できます。焼く時間を20%から24%を節約することも出来ます。この技術は、本当に効果を挙げています」 ホ:ベトナム科学技術省は、この技術の効果を認めました。科学技術省のグェン・バ・ビン専門家は、次のように語りました。 「テープ」 「バッチャン村が、陶器生産にシャトル窯を使用するのは、バッチャン村の人々の強い決意の表れです。一方、私達は、ベトナム環境保護基金と連携し、村人に新たな技術を教えてきました。村人は、新たな技術を使用し、効果を挙げました。」 ホ:ビン専門家によりますと、バッチャン村の製品の質は向上していますね。特に、環境汚染面も解決しました。これは、持続的発展事業に寄与していますね。 フ:そうですね。ではおしまい、歌をかけして、今日のハノイ便りを終わりにしましょう・ 歌 ホ:リスナーの皆さん、今日のこの時間は陶器村バッチャンについてご紹介しました。それでは、今日のこの時間はこれで終わります。又、来週お会いしましょう。ご機嫌よう こちらはベトナムの声放送局です それでは、今日のこの時間は終わります リスナーの皆さん、さようなら。
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